天使の翼 Wings of angels

サモトラケのニーケー像  旧約聖書の初期の書では天使に翼があるという記述は何もされていない。『イザヤ書』と『エゼキエル書』に熾天使と智天使についての翼の記述があるのみで、新約聖書においては天使に翼があるとはいっさい書かれていない。ごく初期のキリスト教芸術家たちは天使を翼のない若者の姿で描いている。四世紀までキリスト教芸術家たちは天使を描くのに、他宗教にそのインスピレーションを求め、特にギリシア、ローマ神話のイメージが天使に最大の影響を与えた。ギリシア神話の翼を持った勝利の女神ニーケー(Nike)はローマ神話のヴィクトリアに取り入れられたが、ヴィクトリアのイメージが翼を持った天使像のもとになった。しかし、ルネサンスに入るまで、キリスト教画家たちが天使を女性に描くことはなかったため、両者が混同されることはなかった。
 天使への神学的な興味は十四世紀を最盛期に、あとは衰退して天使は神学の中心からは離れていったが、そのことが逆に画家たちに天使を描くことに自由を与えた。画家個々人のインスピレーションから天使像が生み出され、ルネサンス以降の芸術家は子供や女性の天使像も描くようになり、翼も鷲や白鳥のような鳥の翼にモデルを求めたり、美しい色彩を与えたりした。現代にいたる天使像のもとをつくったのもルネサンス期の天使像であった。


 思考と同じ速さで飛び回る天使に実質、翼は必要ないが、天の領域を飛び回る天使の能力を示すため、天使の霊力が具現化されたものとして天使は翼を身につける。ユッタ・シュトレーター=ベンダーは、翼は天使の動きの自由さを表すシンボルであるばかりでなく、彼らのアウラ(あらゆる存在と被造物の生命の放射、人間には感情の中で無意識に知覚されるものだが、天使のアウラはその密度と色力においてはるかに上回るため神々しい光の線の放射となって現れる)の具現化されたものだと言っている。

 天使の翼は時としてその役職を示すモティーフであったり、絵画においての図像の象徴化を担うものであったりする。ローズマリ・エレン・グィリーは翼のある天使の存在理由と役割を次のようにあげている。

(ローズマリ・エレン・グィリー『図説天使と精霊の事典』)

 マルコム・ゴドウィンは、天使が人間と同様、重力を受け体重を持っていた場合、実際に空に飛び立つためにはどれほどの大きさの翼が必要かを計算している。

長身の天使の体重を二〇〇ポンド(約九〇キログラム)とすると、三六フィート(一二メーター)ないし、一二〇フィート(四〇メーター)の翼幅が必要となる。これはハングライダーの大きさに相当するが、この種の翼は滑空と上昇気流を受けての滑翔にしか用いることができない。
(マルコム・ゴドウィン『天使の世界』)



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ジョン・ロナー 天使の事典−バビロニアから現代まで 鏡リュウジ・宇佐和通訳 東京・柏書房 1994.
デイヴィッド・コノリー 天使の博物誌 佐川和茂、佐川愛子訳 東京・三交社 1994.
マルコム・ゴドウィン 天使の世界 大瀧啓裕訳 東京・青土社 1993.
ローズマリ・エレン・グィリー 図説天使と精霊の事典 大出健訳 東京・原書房 1998.
ユッタ・シュトレーター=ベンダー 天使−浮揚と飛行の共同幻想 高木昌史訳 東京・青土社 1996.